2011年7月アーカイブ

 今年3月11日に発生した東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市は、電気自動車普及協議会(APEV)201011月から参加している会員団体である。

 APEVとしてお手伝いできることを地元の方とともに検討することを目的として、6月22・23日に、事務局長・椎木衛、地域コンソーシアム部会長・鈴木高宏、慶応義塾大学環境情報学部のボランティア学生、そして私の4名で現地の関係者への訪問・ヒアリングを行った。

 

1:石巻市役所

 最初に訪れたのは、JR石巻駅前にある石巻市役所。一見すると周辺の商店街に大きな被害は見られなかったがが、壁には高さ1mぐらいの位置に浸水の跡が残り、太平洋岸から約2km離れているのに強烈な潮の匂いが漂うなど、震災直後には壮絶な状況に置かれていたことを教えられた。

 お話を伺ったのは、APEV参加担当者でもある産業部産業振興課補佐の菅野拓弥氏である。

 「APEVへの加入は、この会の存在を知った市長が関心を持ったことがきっかけでした。石巻市では震災前、市長が旗振り役になって、『コンパクトなまちづくり』(中心市街地活性化計画)を作ろうという計画もありました」

 残念ながらこのプロジェクトは、震災によってストップしてしまい、再開のメドは立っていない。市内の惨状を知る人であれば、納得の決断であろう。主力産業である水産業は、海沿いの施設を筆頭に壊滅に近い状態であり、避難所についても現在なお100カ所近くが残っているからだ。

 さらに、津波でクルマが流されて移動手段がない人がいる一方で、ただでさえ減っていた商店が震災で被害を受け、買い物に行くことさえ不自由になっているという事情もある。ゆえに今まで以上に移動販売車が重宝しているという。

 菅野氏によると、住民の移動はクルマによるところが多く、坂道が多い場所があるものの、走行距離は1日30kmほどだという。EVが活躍できる可能性は十分にありそうだ。それに市役所ではEVはまだ使用していないものの、電動車両についてはすでに導入実績があり、好感を抱いているとのことだった。

 「姫路市の小山工業さんから電動バイクを寄贈されておりまして、支援物資の受け入れ基地でもある総合運動公園で使っています。静かに走れるので評判はいいようです」

 APEVからは、『自然エネルギーとEVを活用したまちづくり』をテーマとしたシンポジウムを、今年秋以降に石巻市内で開催することを提案。内容検討・準備を進めることにした。市の関係者や、自然エネルギー産業界や電気自動車関係者、そして多くの市民の方々に参加してもらうことで、復興の一助になるような内容を考えていきたいという。シンポジウムの模様はツイッターやユーストリームで同時配信し、石巻市に注目が集まるような発信していくとのことだ。

 このシンポジウムの開催と、現在は中断している『コンパクトなまちづくり』のプロジェクト再開が契機になって、石巻市が再び未来へ向けて着実な一歩を踏み出していくことを願って止まない。

 

2:石巻保健所

 続いて足を運んだのは、石巻市と隣接する東松島市、女川町を担当する宮城県東部保健福祉事務所(石巻保健所)である。今回の震災では、三菱や日産から多数のEVが提供され、岩手、宮城、福島各県庁を通じて被災地の公的機関に配属された。そのうち三菱i-MiEV2台が同保健所で活躍している。

 石巻駅近くにあった本来の保健所は、津波で1階部分がすべて浸水してしまい、使用不能となったため、現在は内陸部にある石巻専修大学の体育館を間借りし活動している。そこで所長の氏家栄市氏と企画総務班長の遠藤正寿氏から説明を受けた。

 「保健所で所有していた20台のクルマのうち、外出中だった2台を除く18台が、すべて水没し使用不能になりました。当初は内陸部の市から車両を借りていたのですが、まもなくEV提供の話をいただき、3月下旬に1台、4月中旬にもう1台が配車されました」

 他の被災地同様、石巻市も震災から1か月あまりの間、燃料供給不足に悩まされた。水没した車両からガソリンを抜いて使うほど切迫していたという。だからこそ2台のi-MiEVは重宝したとのこと。1号車は832km、2号車は711kmという着任後の走行距離が、状況を証明していると言えるだろう。しかし好評の理由はそれ以外にもあった。

 「特に女性の人気が高かったです。運転しやすく、静かなことが評価されたのでしょう。わざわざi-MiEVを指名してくる人さえいました。他の保健師にも好評で、この前三菱の方が来られた際には『もうしばらく使わせてください』とお願いしたほどです」

 現在の石巻市内は、道路に亀裂が入ったり、地盤沈下で冠水したりしている場所も多く、障害を避けながら走る際、軽自動車ならではのコンパクトなサイズが重宝したという。またこうした路面を走行しても、バッテリーやモーターにトラブルが発生することはなく、信頼性でも高い評価を与えられるという言葉をもらった。

 ただし現在活動拠点を置いている体育館は、電力の使用制限が実施されているため、これ以上EVを増やすのは難しいとのこと。また航続距離は、目的地に充電器の備えがない現状では、余裕を見て100kmほどなので、石巻市内に限定した使用に留め、遠距離へはガソリン車で行っていることを考えると、EV比率は現状のレベルが妥当だという。

 

 「現在は充電場所が屋外で、夜間に充電するので、雨の日の夜はショートしないか不安です。ソケット部分を明るく照らす照明が欲しいところです。それから今後、夏を迎えてエアコンを稼働させると、航続距離がどの程度縮まるかが気になります」

 こうした疑問に対し、長崎県の五島列島でi-MiEVを約100台レンタカー等で活用する『長崎EV&ITS(エビッツ)プロジェクト』の主導役を務める鈴木部会長は、次のようにアドバイスした。

 「長崎では夏や冬の電気の減り具合も調べています。夏場にエアコンを使うと、航続距離は半分近くまで落ちます。現在は100kmを目安としているようですが、夏場は60〜70kmと考えるのが良いと思います。さらに厳しいのは冬場で、エアコンよりもヒーターのほうが電力を使うので、50〜60kmとなるでしょう。地域支所や道の駅などに急速充電器が設置されれば、不安はかなり解消されると思います」

 ちなみに急速充電器については、ワンコインで充電完了などの明確な基準があれば、有料になっても構わないとのこと。また電気自動車ならではの汎用性を生かした提案として、被災地の中にはインフラが整備されていない箇所もあるので、自動車=自家発電装置という考えで夜間照明やインターネットなどを使えるようになれば良いと語っていた。

  「個人で買うとなるとまだ割高で、航続距離も不安が残ります。だからこそ、EVの普及は公共が先導していくものという意識を持っています。今回の震災のような非常時には大変重宝することを体験した者として、今後も積極的に活用したいと考えています」

 

3:宮城三菱自動車石巻店

 最後はEVを販売する販売店のひとつとして、宮城三菱自動車石巻店を訪問し、販売課の阿部翼氏に状況を教えていただいた。同店は昨年9月、個人向けとしてi-MiEVを納車した経験を持つ。石巻市内で一般ユーザーが購入した最初のEVである。

 「オーナーは新聞配達会社を経営する50代の男性で、自宅に太陽光発電を入れるなど、環境問題への関心が高く、i-MiEVについても発表当初から購入を考えていたようです。ガソリン車と使い分けながら、仕事とプライベートの両面で活用しており、すでに6000kmを走行されています」

 充電については、自宅に200Vの普通充電器を設置したこともあり、それ以外の場所での充電経験はないそうだ。一方石巻店には、今年5月に急速充電器が設置された。現在市内で唯一の急速充電器である。

 今までi-MiEVが気になって石巻店を訪れたお客さんは20〜30人にも達するそうで、それなりに注目されている存在であることが分かる。年齢的には高めで、試乗したお客さんもおり、速さに感動する人が多いという。

 にもかかわらず購入まで至らないのは、補助金込みでも300万円近い価格と、最先端の技術を使っているが故の信頼性への不安、そして航続距離にあるという。3番目は、往復で100km以上に達する石巻〜仙台間を安心して無充電走破できない点が不満らしい。

 震災後のガソリン入手困難を経験しても、この状況は変わらなかった。そこには被災地ならではの深刻な事情があった。

 「家もクルマも、すべて津波に流されてしまった方が多くいらっしゃいます。EVを選ぶか否かという以前の状況だったのです。何よりも安価に買えて使える足が欲しかったようで、ガソリンの軽自動車の販売は好調でした。家族や親族を亡くした方も多くおられますし、高価格車を勧めにくい雰囲気があったのは事実です」

 しかしセカンドカーとして考えれば、i-MiEVの航続距離はあまり問題にはならないことや、メインテナンス込みで月額5万円のリースは、安心感を与える意味ではプラスになっていることにも触れていた。今は災害対応中心で、新型車の告知まで手が回らない状況だが、今後発売が予定されている廉価版i-MiEVや商用車ミニキャブMiEVが登場する頃には、状況は少し改善しているはずで、本格的に販売していきたいと語っていた。

 

 APEVとしても、石巻市内で唯一急速充電器を持つ同店は注目すべき拠点と考えており、他の三菱自動車や日産の販売店と協力し、前述のシンポジウムと同じ時期に 販売店を拠点としたEV体験などのイベントを開催すべく、準備を進めていくとのことだった。

 

(ジャーナリスト 森口 将之)

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